演繹と帰納の意味って何ですか?

演繹と帰納の意味は?

本記事の要点
  • 演繹は三段論法と言い換えることができる
    三段論法は推論の方式の1つで、大前提と小前提から結論を導く法則のことで、アリストテレスが確立したものや
    ➡三段論法の例文:鳥は空を飛ぶ➤ヤンバルクイナは鳥である➤よって、ヤンバルクイナは空を飛ぶ
    ➡三段論法(演繹)の問題点:大前提が間違っていると、結論が正しいと言えなくなるねん。言うまでもなく、例文の大前提が間違ってるやん?だって、ペンギンやダチョウは空を飛ばれへんから。すると、ヤンバルクイナが空を飛ぶってホンマって言い切られへんよね?となってしまうんや。*事実、ヤンバルクイナは空を飛ぶことは出来ない鳥や
  • 帰納法とは、すなわち調査であると考えれば良い
    帰納法は、たくさんの現象を観察した結果「どうも〇〇っぽい!」と推論する方法や
    ➡帰納法の例:①私が飼っている犬は”お手”をする ②お隣さんが飼っている犬も”お手”をする ③テレビで見た犬だって”お手”をしていた。①~③の結果から、「犬はお手をするものである」っぽい!!と推論すること
    ➡帰納法の問題点:調査結果を出すための参照データ量が少ない場合、説得力も信ぴょう性もないこと。例文は非常に分かり易いわな?お向かいさんが飼っている犬に何度「お手っ!!」と言っても”お手”をしなかった場合、「犬はお手をするものである」っぽい!!という推論は誤りだという事になるのは明白や。

 

まいど!けいしゅけ(@keisyukeblog)です☆

最近読書にハマってんねんけど、『演繹』と『帰納』って何回見てもどういう意味やったっけ??となるねん。皆さんはどうやって覚えた?この記事は、演繹と帰納という言葉の意味がわからなくなったときに何度でも見返せるものを目指して書いています。

コトバは人間とは別に存在する何かを言い当てるモノではない。
何らかの実体の存在がコトバの違いを根拠付けしているのではない。
コトバによって世界は分節され(別けられ)認知される。
コトバが指し示す実体は個物も含めて存在する必要はない。
イデアが実在する必要もない。

ソシュールの思想の概要
この記事の本文で解説するのは…。

  1. 『演繹』と『帰納』の意味
  2. 演繹の具体例
  3. 帰納の具体例

たこちゅけ

これ、知りたかったんでちゅ!!

けいしゅけ

よかった🎵ほんじゃ一緒に勉強しよっかタコちゅけ☆

タコちゅけ

ハイでしゅ!!

『演繹』ってコトバの意味とは?

さっそく、演繹の意味を調べてみるでっ!!

まず、辞書を引いてみます。(グーグル先生に聞くだけです)

  • 論理学における帰納に対立する手続。1つまたはそれ以上の命題から論理法則に基づいて結論を導出する思考の手続で,演繹的推理ともいう。三段論法はその代表的な場合。⁽¹⁾
  • 一つの事柄から他の事柄へ押しひろめて述べること。「身近な事象からすべてを演繹する」
  • 与えられた命題から、論理的形式に頼って推論を重ね、結論を導き出すこと。一般的な理論によって、特殊なものを推論し、説明すること。「三角形の定理から演繹する」⇔帰納。⁽²⁾
  • 一般から特殊をその形式のみに基づいて推論すること。いいかえると、演繹においては、前提が真であれば、結論も必然的に真とならなければならない。これが、特殊から一般を推論する帰納(きのう)との相違である。そして、論理学のおもな任務は、演繹の具体的構造を解明することにほかならない。たとえば、「すべてのアジア人は人間である」(大前提)、「すべての日本人はアジア人である」(小前提)という二つの前提から、「すべての日本人は人間である」という結論を導き出すのは典型的な三段論法であるが、この推論、すなわち演繹が正しいのは、前提や結論の意味内容によってではなく、その形式による。「日本人」のかわりに「アメリカ人」としても、正しい演繹なのである。
     西洋では、演繹、すなわち論理学をこのようにとらえ、三段論法という限られた枠内においてではあったが、それをいちおうまとめあげたのは、いうまでもなくギリシアのアリストテレスであった。その後、西洋ではアリストテレス式三段論法が論理学の主流であったが、19世紀末になると、数学、とくに集合論の発達と相まって新しい論理学が生まれ、現在では三段論法の範囲をはるかに超えるいろいろの形式の演繹が、数理論理学として、数学と結び付いて盛んに研究されている。[石本 新] ⁽³⁾
タコちゅけ

ちょっと何言ってるのかわからないでしゅ!!

けいしゅけ

わかりにくいなぁ、ちょっと噛み砕いて表現してみよう

(1) ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
(2) デジタル大辞泉
(3)日本大百科全書(ニッポニカ)

演繹をかみ砕いてわかりやすく説明する!!

演繹の意味をかみ砕いて表現すると?その①

診察室におけるドクターのイメージ

様々な医学的知識を備えたドクターが、患者さんが話す不調の訴えを聞いて、疾患を頭に思い浮かべる(仮説を立てる)

更なる問診や触診、検査によって患者さんの病状に関する情報を集める(仮説に情報を加える。仮説に合致するものだけを残すようふるいをかける。)

診断を下す(結論を出す)

けいしゅけ

最初に仮説を立て、そこに情報を加えて、答えを導き出す推論方法が『演繹』って感じや。

たこちゅけ

仮説が間違っていたら、結論も間違いになりまちゅね?

けいしゅけ

鋭いやん!!そのとおりや!!仮説=大前提が合っているからこそ、情報を加えること(小前提)、結論を導き出せるんや。

演繹の意味をかみ砕いて表現すると?その⓶

三段論法は最もわかりやすい演繹

人間は必ず息絶える生き物である(大前提)

私は人間である(大前提+情報)

私は必ず息絶える生き物である(結論を出す)

けいしゅけ

お手本通りな演繹=三段論法の例文がコレ。先ほど出した診察室のドクターの話が実践例って感じやわ

『帰納』ってコトバの意味とは?

続いて、帰納の意味を、辞書を引いてみます。(グーグル先生よろしく)

  • 個々の事例の観察からこれを含む一般命題を確立する推理。演繹に対する。完全帰納 (結論にいたるためのすべての事例を枚挙しうる場合) と不完全帰納 (事例のすべてを尽していない) の2種がある。前者は既知の事実の列挙にとどまるから演繹的論証の一種ともいえる。後者は結論への飛躍 (帰納的飛躍) があるが新法則の発見にいたる。 J.S.ミルは後者を真の帰納とみる。帰納的飛躍は自然の運行が空間的にも時間的にも斉一であることを前提とする。「すべてのAはBである」という結論が数的にも時空的にも限定されず一般的に適用されるとき,この一般命題は自然法則と呼ばれる。帰納による科学的研究法を帰納法という。ソクラテスの概念構成の仕方 epagōgēを最初とするが,アリストテレスが完成し,F.ベーコンが近代的発展の道を開き,さらにミルが発展させた。実験的探究に関するミルの一致法,差異法,一致差異併用法,剰余法,共変法の公理は特に有名である。ベーコン,ミルの帰納法を帰納論理学とも呼ぶが,R.カルナップの帰納論理学は仮説が結果によって確証される程度を明らかにするものである。また数学的帰納法は,命題 Pnがすべての自然数nに対して成り立つことを証明する方法である。⁽¹⁾
  • [名](スル)個々の具体的な事例から一般に通用するような原理・法則などを導き出すこと。「以上の事実から次の結論が帰納される」⇔演繹(えんえき)。⁽²⁾
  • 特殊から一般を推論し、帰結すること。演繹(えんえき)、すなわち演繹的推論においては、前提が真であれば、結論も必然的に真でなければならない。これに対して、帰納においては、前提が真であるからといって、結論が真であるということは保証されていない。したがって、帰納に基づく論理、つまり帰納論理は厳密な意味では論理とはいえない。しかしながら、論理を演繹のみに限るといろいろと不都合なことがおこる。たとえば、科学理論を構成するに際しては、実験データや観測データから出発して理論が組み立てられるといわれている。つまり、データから理論が演繹されるのではなく、帰納される。
     データから理論へというこのプロセスを整理し、演繹論理とは別の論理、すなわち帰納論理を定式化しようという試みはF・ベーコンに始まり、J・S・ミルを経て、いまでは近代論理学の一分野として、統計学とも結び付いて活発に研究されている。
     とはいっても、理論物理学のような理論的科学においては、帰納によってデータから理論が構成されるわけではない。多くの場合、まず理論が組み立てられ、そこからデータと照合することができる命題が演繹され、データに合致するかどうかによって理論が検証される。したがって、こういった理論においては、帰納あるいは帰納論理は、演繹ほど大きな役割を演じていない。[石本 新] ⁽³⁾
たこちゅけ

ニッポニカの文を読んでいると、さっきの演繹で例に挙げたことって違ってる気がしてくるんでしゅけど?
医師の判断が誤っていたら?という部分を含んでるように思いまちゅ

けいしゅけ

たしかにそんな印象を受けるね。” 帰納においては、 前提が真であるからといって、結論が真であるということは保証されていない。”ってやつやんね?

けどねタコちゅけ。医師が仮説として考えている病態自体に誤りはない(真である)し、診断結果はその時点における最適解と考えられたものやから、やっぱり真やと思う。つまり、さっきの例はやっぱり演繹やねん。

ちなみに、僕はここの部分にこだわらないように心がけてる。前提や結論が真であるか?ってトコに縛られ過ぎると、全部帰納とちゃうのん??って底なし沼にハマる気がするから。(もし、この考えが間違ってるで!という場合、お手数ですがコメント欄にご指摘お願い致します。)

タコちゅけ

・・・ひとまず、演繹と帰納というコトバの意味(=概念)を理解するのに集中しようって事でちゅね??

けいしゅけ

フォローしてくれておおきに。そやね、ひとまずコトバの意味をザックリ理解することに集中しようと思う!!

(1) ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
(2) デジタル大辞泉
(3)日本大百科全書(ニッポニカ)

帰納をかみ砕いてわかりやすく説明する!!

帰納の意味をかみ砕いて表現すると?その①

アンケート調査のイメージ

お客様満足度アンケートを実施する(個々の事例を集める)

結果によって、満足度80%であるという結果が得られたとする

「現在提供しているサービスは顧客満足を満たす良いサービスである」 or 「20%の顧客に不満があるため改善する必要があるサービスである」という結論を出す(個々の事例の結果から仮説を立てる)

けいしゅけ

最初に答えがあり、そこから問題を探し出す推論方法が『帰納』って感じやな。

帰納の意味をかみ砕いて表現すると?その⓶

演繹におけるその②の例になぞらえて帰納を書くと以下みたいな感じになる

A、B、Cという人が理由はどうあれ、息絶えた(個々の事例を集める)

人は永遠に生き続けられないのではないか?(仮説生成)

Dという人が何かしらの理由で息絶えたことを確認して、「人というものは永遠に生き続けることはできず、必ず理由はどうあれ息絶えるものである」という一般命題を推論する。

けいしゅけ

お手本通りの帰納。これって割とわかりやすい。近頃では、AIが得意とするのはこうした事なんじゃないか?って複数の本で見るようになったわ。

『演繹』と『帰納』の違いをいろんな表現でまとめる

知識を噛み砕きまくった末、僕なりに演繹と帰納の違いをコトバとして表現しようと思います。他にも良い表現があればコメントお寄せ下さいませ♪

演繹と帰納はこう違う!!
  • 『演繹』は、「?」が出発点で原理原則を前提に、ある事例に当てはめて、結果を推論するのに対し、『帰納』は事例集が出発点で、法則性を仮定し、さらなる事例を観察した結果「〇〇という法則があるんじゃないか?」という「?」に達する。
  • 『演繹』とは、法則から個別の出来事を考えることであり、『帰納』とは個別の出来事から法則を推論することである
けいしゅけ

なんとなくやけども、こんな感じやろか☆

知っておきたい『演繹』と『帰納』によるアプローチが失敗してしまう例

最後に、調べて行く中でこれは知っておかなきゃ!!と思った『演繹』と『帰納』それぞれのアプローチの落とし穴を紹介しますわ🎵

演繹と帰納の落とし穴!!
  • 演繹=三段論法。演繹は前提も結果も真だから万能!は間違い。ジャンケンで考えるとカンタン。
  • ①グーはチョキより強い⓶チョキはパーより強い③だから、グーはパーより強い
    ➤アウト!!となる。
    つまり演繹法によるアプローチのみでは間違えてしまう。
  • 帰納は現在の事例集によって法則を仮定するため一見合っているようで間違えることがある。HPVワクチンが良い例。
  • ①ワクチン接種後に体調が悪くなった事例が集まった⓶HPVワクチン接種は有害なんじゃないか?③次に体調が悪くなった人を見て「HPVワクチンは有害である」と法則として推論する。
    ➤アウト!!となる。
    つまり帰納法アプローチには事例が多くとも事実と反する可能性がある。
タコちゅけ

三段論法の失敗例って、定式化して結論を出すが故に間違いが派手でちゅね!
帰納的アプローチは集まっている事例の数が多いほど「これは合ってるやろ!」と誤りであっても導き出した推論を信じ切ってしまうリスクがあるんでしゅね。

『演繹』と『帰納』に関する記事のさいごに

演繹と帰納に関して違いが理解できたでしょうか?僕なりに調べた結果を連ねたのみなので誤りがあればご指摘ください。

ちなみに、帰納はAIが得意とするそうです。そりゃそうですね。たくさんの事例を集めて傾向を導き出し、これが法則なんじゃない?って提案するアプローチですもの。

翻って演繹はAIは苦手かもしれません。数多有る原理原則や法則を前提にして、わからないこと「?」が目の前に現れた時、さらなる情報収集をして消去法からもっともらしさが高い結論を導き出す。こうしたグレーゾーンを含む答えは人間にしかできないかもしれないです。

ちなみに、先に挙げたように演繹的アプローチも帰納的アプローチも誤りが生じるリスクがあります。どちらが優れているという事はなさそうです。むしろ、相補的に使うと最も力を発揮するのではないでしょうか。

AIに帰納的アプローチをお願いして、人間は演繹的アプローチで問題に立ち向かう。そういうのってエエなぁって感じたのでした。おしまい。


今回の記事はここまでや☆

最後まで読んでくださってホンマおおきにっ!!お時間を使って読んでくださったことに心から感謝申し上げます!

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けいしゅけ

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タコちゅけ

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